大判例

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仙台高等裁判所 昭和36年(ネ)456号 判決 1963年10月02日

控訴人 大木英夫 外一名

訴訟代理人 伊藤俊郎

被控訴人 五十嵐武已

訴訟代理人 竹内重雄

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求め、ただし原判決添付別紙図面を本判決添付別紙図面のように訂正する(北方指示部分の訂正)と述べた。

当事者双方の事実上の主張ならびに証拠関係は、次のとおり付加訂正するほか原判決事実摘示のとおりであるからこゝにこれを引用する。

被控訴代理人は、

一、被控訴人が控訴人マツミから昭和三三年七月分の賃料を受領したことは認めるが、同年八月には控訴人マツミを相手方として前記調停を申立て、その後は賃貸を継続する意思なく賃料を受領していない。

二、被控訴人主張の本件契約更新拒絶に関する正当事由として、原判決四枚目表九行目から同裏八行目「差支えることがない」までを援用し、更に「被控訴人はその外に(イ)字同所四四〇八番地の一畑二一歩、(ロ)同所四四〇三番地原野二畝二一歩、(ハ)同所四四〇七番地のイ山林二畝二歩を所有しているが、(イ)の土地には昭和一七年五月ころ桐七本を植え、その中六本は昭和三四年台風のため倒れ、現在その根から新芽が出て生育中であり、また(ロ)、(ハ)の二筆にも同じく三〇本あつた桐が右台風のため倒れてその根から二番新木が生育している外柿、桜桃が生立し、その地下は堰通水用として昭和一四年一二月一六日から字上高額区に貸与中であり、いずれも遊休地ではない。そして本件建物には控訴人マツミの外柳子が同居しているが、同女もその姉敏もいずれも小学校教員として相当の俸給を受けており、独立の生計を営みうる能力を有している。」ということを追加主張する。なお、同所七二五二番地の一は、昭和二六年まで、右四四〇八番地の一は昭和一六年までいずれも他に賃貸し建物があつたが、その後右建物がそれぞれ他に移転されてしまつたむねの控訴人らの主張事実は争わない、

と述べ、

控訴代理人は、

一、控訴人英夫が本件宅地を被控訴人の先代庄五郎から賃借した際特に期間についての約定はなかつたので、借地法第一七条の規定によりその存続期間は契約成立の日から二〇年間となり、従つて昭和三三年六月末日をもつて右期間は満了となる(右期間は三〇年とする約定があつた旨の従来の主張は撤回する)。ところ、被控訴人は同年七月分の賃料を異議なく受領しているから、右契約は更新されたものであるというべく、その後同年八月分から現在に至るまでの賃料は控訴人英夫の代理人として控訴人マツミが弁済供託している。

二、仮に本件宅地の賃借人が控訴人マツミであるとしても、

(1)  右一記載のようにその賃借権の存続期間は未だ終了していない。

(2)  仮に右存続期間は被控訴人主張のとおりとしても、控訴人マツミは昭和三五年二月二七日被控訴人に対し右契約の更新を請求しているのであり、これに対する被控訴人の更新拒絶の意思表示には正当事由がない。その理由として原判決七枚目裏五行目以降の解除権濫用に関する主張事実を援用する外、次の主張を付加する。即ち被控訴人所有の(イ)字同所七二五二番地の一宅地四〇坪一合、(ロ)同所四四〇八番地の一現況宅地四、五十坪、(ハ)同所七二五一番地の二宅地五五坪の内約五〇坪(当審検証図面赤線部分間口三一尺奥行七七尺の部分)は、いずれも巾員約四米の舗装された県道沿にあつて店舗向きの恰好の宅地であり、就中(イ)の土地は昭和二六年ころまで、(ロ)の土地は昭和一六年ころまで、共に他に賃貸され、建物が建在したがその後取こわされて現在殆んど荒地のまゝ放置されており、その各一部に極めて粗笨な家庭菜園が営まれているに過ぎない。もつとも右各土地には若干の桐が生立し、被控訴人はこれらの桐が自ら代表社員となつている鋼圧合資会社の下駄製造販売の営業上不可欠のものであるむね主張するが、その数や態様からみて右営業上不可缺であることは疑わしく、現に被控訴人方店舗兼居宅の南方には同人所有の同字四四〇七番地のイ、四四〇三番地の畑地がありながら、多数の柿桜桃等の果樹や草花が植栽され、その余の一部が家庭菜園として使用されているのみで、桐の木は雑然と数本生立しているに過ぎない状況からみても、自家製の桐丸太をさ程必要としないことが窺われる。他方控訴人マツミの子敏、柳子の二人は現在学校教員であるが、いずれも病弱で長く教員生活をつゞけることは困難であり、控訴人マツミは右両名を本件建物に居住させ、その一部を他に間貸する等適当に利用して生活の資を得させようと考えており、この意味で本件建物は同女らの生活の基礎となるべき貴重な財産であり、いまこれを取毀つことは同女らの現在及び将来の生活に致命的打撃を与えるものである。

三、本件家屋に関する税金は控訴人英夫の名義で賦課され、控訴人マツミが控訴人英夫に代つてこれを納入してきたのであつて、被控訴人は戦時中隣組長として納税告知書を隣組員に配布する際、控訴人英夫名義の納税告知書を控訴人マツミ方に配布しているので、本件建物の所有権が当初から控訴人英夫に属していたことは被控訴人の知らないはずはないところであり、たゞ本件建物は従来未登記であつたので、昭和三三年八月八日に至つて控訴人英夫においてその所有権保存登記手続をしたに過ぎず、被控訴人主張のような権利関係の変動は全然ない。仮にその主張のように同日右建物の譲渡がなされ、同時に本件宅地の借地権譲渡があつたとしても、それは控訴人マツミからその家督である控訴人英夫に対する譲渡であつて、その前後を通じて居住者にも土地使用関係にも格別の変化はなく、被控訴人に何らの不利益を及ぼすものでない。このような事情のもとでは無断譲渡を理由に右賃貸借契約を解除し得ない、と述べた。

(立証省略)

理由

一、本件宅地がもと被控訴人の先代亡庄五郎の所有であり、これを山口庫蔵が昭和一三年六月三〇日まで賃借し、その地上に本件建物を所有していたことは当事者間に争がない。

しかるところ、成立に争のない甲第三号証の一、二、乙第四号証、第五号証、第一九号証の一ないし一五、原審での控訴人マツミ本人の供述により成立の認められる乙第二号証及び「大木英夫殿右親権老母」とある部分の成立は右マツミの供述により認められ、その余の部分の成立は当事物間に争のない乙第一号証、原審での証人園木貢、控訴人マツミ本人、当審での証人山口徳次、大木雅夫、控訴人マツミ本人、被控訴本人の各供述を総合すれば、控訴人マツミは昭和一二年四月ころ、山口庫蔵から本件建物を賃借しこれに居住していたところ、昭和一三年七月一日山口から右建物を買受け、同時にその敷地たる本件宅地を山口に替つて改めて控訴人マツミが庄五郎から期間の定なく賃借することとしたが、その翌日ころ本件建物の買主名義をその長男である控訴人英夫(当時未成年)とすべく山口は勿論庄五郎の諒解も得、じ来現在に至るまで本件建物に関する税金を控訴人マツミが控訴人英夫に代つて納付してきたこと、被控訴人も太平洋戦争中隣組長として納税告知書を隣組員に配布する際、控訴人マツミに対し、本件建物に関する控訴人英夫宛の納税告知書を配布したことがあり、従つて本件建物の所有名義人が、控訴人英夫であることを少くともその頃から知つていた筈であること、たゞ右建物は従来未登記であつたので、昭和三三年八月八日に至りようやく控訴人英夫においてその所有権保存登記手続を経たことが認められる。原審及び当審での控訴人マツミ本人の各供述中本件宅地の賃借主が控訴人英夫であるむねの供述部分は措信しがたく、また被控訴人は控訴人マツミの右賃借権は山口庫蔵の賃借権を承継したものであるむね主張するが、これを支持するに足る証拠はない。

しかるに昭和一六年三月八日勅令第二〇一号によつて同月一〇日から喜多方市にも借地法が施行されることとなつたので、右賃貸借契約の存続期間については借地法第一七条が適用されるに至つたのであるが、本件建物が堅固な建物であることにつき控訴人らからなんら主張立証もないから、右期間は控訴人ら主張のとおり二〇年間であつて昭和三三年六月末日をもつて期間満了となるものというべく、従つて右賃貸借の期間が昭和三五年三月三一日を以て満了するとする被控訴人の主張は認容することができない。

二、ところで庄五郎は昭和二〇年一〇月二七日死亡し、被控訴人が家督相続により本件宅地の所有権及び右賃貸人としての地位を承継し、昭和二二年一月から当初の賃料も一ケ月金四〇〇円に増額されるに至つたことは当事者間に争がなく、控訴人マツミがその後も本件建物に居住し、現在に至るまで本件宅地の使用を継続しているのに対して、被控訴人が控訴人マツミから右期間経過後の昭和三三年七月分の賃料を受領していることもまた被控訴人の認めて争わないところである。そして控訴人らは被控訴人の右七月分の賃料受領の事実をとらえ、借地法第六条の規定によつて右賃貸借契約は更新されたむね主張するが、被控訴人の従来からの主張に照して、右契約が昭和三三年六月末日をもつて終了することは被控訴人の当時気ずかなかつたところであることは明らかであり、しかも被控訴人が同年八月中控訴人マツミを相手方として喜多方簡易裁判所に本件建物収去土地明渡の調停を申立て、もつて控訴人マツミの本件宅地の継続使用に異議を述べたことは当事者間に争がないところであるから、被控訴人の右七月分の賃料受領の一事によつて直ちに右契約更新の効果が発生したものと速断することは早計であり、その前に右異議に正当事由があるか否かゞ吟味されなければならない。借地法第六条第二項が、建物がある場合に限り借地権設定者の異議に正当の事由が存すべきことを要求する趣旨は、能うかぎり建物を存続し、もつてその社会経済的効用を完全に発揮させようとするにあることが明らかであるから、右条項にいう建物は必ずしも借地権者の所有に属するものであることを必要とせず、借地権設定者に対する関係で適法に存在するものであればよいと解するのが相当である。これを本件についてみるに、本件宅地の賃借人は控訴人マツミであるのに、その地上に存する本件建物は控訴人英夫の所有に属するという関係にあるが、賃貸人たる被控訴人は既にこれを諒承していると認められるべきこと前記認定のとおりであるから、この場合にも借地法第六条第二項の適用があるというべきである。

そこで右異議が正当の事由に基ずいているか否かにつき審案するに、(被控訴人は本件賃貸借契約の期間が昭和三五年三月三一日を以て満了するものとして契約更新拒絶の正当の事由たるべき事実を主張しているけれども、本件記録にあらわれた訴訟の経過に照らし結局この正当の事由は必ずしも期間満了の日が昭和三五年三月三一日とした場合に限らず、社会通念上これと著しく時期を異にしない前記昭和三三年六月末日を以て期間が満了した場合賃借人たる控訴人マツミの本件土地の継続使用に対する前記異議の事由としても主張しているものと解される)、成立に争のない甲第一〇号証、乙第一〇号証、原審での被控訴本人の供述(第一、二回)によれば、被控訴人方には婚期を逸し年令既に四〇年を越している妹二人が同居し、被控訴人の妻と和合せず、ために被控訴人は次々に妻と離婚するのやむなきに至り、昭和二七年三月数人目の妻として現在の妻良を迎えたが、やはり右のような不和が続くので同年一〇月妻良は福島県柳津町の実家に帰り、同所で被控訴人との間の一子を儲けたまゝ被控訴人の下に帰らず、被控訴人はかかる不自然な状態を解消し妻子と共に円満な家庭生活を回復するためには、右妹二人を別居させる外に適当な手段方法はないものと考え、かくて右妹らの別居先住宅の用地として本件宅地の返還を求めるべく、もつて右異議を申立てたことが認められる。しかしながら被控訴人が本件宅地の外に字同所七二五二番地の一宅地四〇坪一合、四四〇八番地の一畑二一歩、四四〇七番地のイ原野二畝二歩、四四〇三番地原野二畝二一歩外数筆の土地を所有することは当事者間に争がなく、当審検証の結果によれば、右の中七二五二番地の一は被控訴人の店舗兼居宅と巾員二二、五尺の県道をはさんで筋向いにあり、桐立木五、六本が生立し桐材根四個の切株から新しい芽が出ている外現況菜園となつており、四四〇八番地の一も被控訴人の店舗兼居宅と県道を隔てて真向いに存し、地内に古桐の切株三個、桐立木九本あり、一部畑となつており、七二五一番地の二の中山口庫蔵が建築した倉庫のあつた跡地約七七坪もその北西隅に桐大木一本がある外空地であり、更に四四〇七番地のイ、四四〇三番地の二筆は被控訴人の右居宅の南方地続きに位置し、桐七本、柿一五ないし二〇本、桜桃一〇本位生立する外その一部に畑が存し、右五筆の土地のいずれも被控訴人の妹二人の為の居宅建築の用地として十分に使用可能であることが認められる。殊に七二五二番地の一は昭和二六年ころまで、四四〇八番地の一は昭和一六年ころまで、いずれも宅地として他に賃貸され建物が存在していたことは当事者間に争がなく、この二筆及び右倉庫跡地約七七坪は右妹二人の居宅用地として最も適当であることが明らかであるということができる。被控訴人は右土地はいずれも被控訴人自身もしくは被控訴人から借地している鋼圧合資会社(被控訴人が代表者)の桐下駄製造の営業上、桐畑もしくは桐材置場等として必要欠くべからざるむね主張するが、前記五筆の中には桐立木が散在するのみで畑もしくは果樹が生立する部分の方が多いこと前認定のとおりであり、従つてこの畑もしくは果樹生立部分の一部を潰廃して桐畑をより広くとり得る余地は十分あるばかりでなく、右妹二人の居宅用地の外に桐材置場にあてるべき空地も十分にとりうることが極めて明白であり、右主張は採用の限りでない。一方控訴人マツミ方の現状をみるに、原審証人大木敏の証言により成立の認められる乙第八号証、成立に争のない乙第二五号証の一、二、第三五号証、右証人ならびに当審での証人大木敏、大木柳子、大木雅夫、控訴人マツミ本人の各供述によれば、本件建物には控訴人マツミの外四女柳子がその子明子と共に同居して、小学校教員を奉職しており、二女敏も小学校教員として会津若松市に下宿しているものの年令も四三年を過ぎ、しかも敏、柳子ともに病弱で将来ひきつゞき教員生活を継続することは困難で早晩退職し、本件建物に寄り住むの外はないことが認められる。尚本件にあらわれたすべての資料によつても控訴人マツミには他に別段居住の場所とすべき不動産又はこのような不動産を獲得するに足る資産を有することは認め難いから、このような財産はないものと認めなければならない。以上認定したところによれば右認定のような被控訴人の側の事由に基いて控訴人マツミを本件土地から退去させることは当を失したものというの外はないから、被控訴人の異議は結局正当の事由を欠き従て本件賃貸借は前記期間満了と同時に同一条件で更新されたものと解せざるを得ない。なお被控訴人の更新拒絶の主張が、誤つた期間の計算に基ずくものであること前記のとおりである以上その理由がないことはいうまでもない。

三、被控訴人は、控訴人マツミは昭和三三年八月八日本件建物を控訴人英夫に譲渡し、同時に被控訴人に無断で本件宅地の賃借権を譲渡したむね主張するが、本件建物は山口庫蔵から買受けた直後から既に控訴人英夫の所有に属しこれを昭和三三年八月八日に同控訴人名義に所有権保存登記をしたに過ぎないのであつて、これらのことは既に被控訴人の諒承するところであつたこと前認定の通りであり、右主張の理由がないことは明らかである。

四、以上のとおりであるから、被控訴人の本訴請求は理由がなく棄却すべく、これと異る原判決を取消すこととし、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高井常太郎 裁判官 上野正秋 裁判官 新田圭一)

(別紙図面は省略する)

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